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社長ブログ

◆あの日あの時 稲盛和夫  下村満子氏(「朝日ジャーナル」元編集長,ジャーナリスト)

かつて稲盛が主宰していた「盛和塾」の機関誌の1コーナー「あの日あの時稲盛和夫氏」を一部抜粋にてご紹介しています。

 

◆あの日あの時 稲盛和夫  下村満子氏(「朝日ジャーナル」元編集長,ジャーナリスト)

  
『週刊朝日』『朝日ジャーナル』の元編集長でありジャーナリストであった下村満子さんをご存知の方は,多数いらっしゃるのではないでしょうか。

 
下村さんと稲盛が出会ったのは今から40年ほど前,日本の各界有識者が集う「天城会議」でした。稲盛の第一印象について,それまでのイメージとは違い,「謙虚で誠実」「ひっそりと静かだが,存在感があった」と述べられています。そして「無私」「利他の心」などを説く稲盛に,「同じ考えの方がいる」と衝撃を受けられたそうです。

 
その後,家業の経営に携わることになり入塾された盛和塾では,心の大切さや正しいことを貫くことの大切さを学んだ他に,稲盛の経営者としての厳しさも垣間見たと言われています。
そのことを映画製作に関するエピソードとして,次のように披露されています。

 

好評ではあったが,(ガイアシンフォニー)「第一番」は経済的にペイラインにのっていなかった。そこで「第二番」の制作費のことで,稲盛塾長のお力をお借りできないかと龍村さん(※龍村仁監督)は考えた。龍村さんは私の親しい友人なので私も応援することにし,二人で稲盛さんにお会いした。忙しい中すでに「第一番」をご覧になっていた塾長は,いい映画であることを認め,「第二番」 の制作の支援をすることを約束してくださったが,その時こういう条件をつけた。
「よく,芸術家たちは,こんなにいい芸術的な作品なのに,大衆は(レベルが低いから)それを理解しない。だから,残念ながら,興業は赤字なんです,というようなことを言う。だが,私はそういう理屈を信じない。それはその芸術家の独りよがりなのであって,本当はその作品はいい作品ではないのだ。本当にいい作品だったら,必ず人は観る。そして長期的には必ず経済的にも成り立つはずだ。だから,もし『第二番』が最終的に赤字だったら,それはあなたの作品が悪いのだ。だから私は次(『第三番』)の支援はしない。『第二番』があなたの勝負です。」(略)

これこそ、稲盛塾長の仏心だったのだ。仏の心というのは、ただ単に優しく、甘く、ニコニコするという単純なものではない。叱ったり、突き放したり、厳しくすることもまた、大切な仏の心の一部なのだと思う。(機関誌「盛和塾」26号1998年7月発刊より)

 
こうして完成したガイアシンフォニー第二番では,その収入で次の作品を作るという流れが出来上がり,京セラの支援以降,現在では第九番まで製作されています。